MEMORANDUM

  点取り嬢やらゲーム取り

◆ いかりや長介の自伝『だめだこりゃ』から。

◇ そして吾妻橋を渡れば、そこはもう浅草である。親父はよく橋を渡っては、浅草六区へ映画や寄席を見に行ったり、お目当ての点取り嬢がいるビリヤード場に顔を出したりしていた。点取り嬢なんて、いまの人は知らないだろう。ビリヤードは台の脇にある大きなソロバンみたいなやつでスコアをつけるのだけど、点数が入るたびに、その点取り嬢が「二点~」なんて可愛らしい声を出してソロバンの玉を動かす。美形の点取り嬢がいるかどうかで、その店の客の入りも違ったのだ。
いかりや長介 『だめだこりゃ』(新潮文庫,p.18)

◆ これは、いかりやが子どものころのことだから、戦前のはなしである。この「点取り嬢」、いつごろまでいたものだろう。以下は、1959年ごろのことのようだ。

〔磯田和一『国分寺物語』〕 かくいう僕もビリヤード屋の点取り嬢(今は見かけなくなったが、昔は玉突き屋には客のゲーム中、点を取って読み上げてくれる女性が居た)に片想いをして、けっこう通い始めたのである。ゲーム代がないときでも、さいとう氏を探しているふりを装って店を訪ね、氏を待っているような態度で1時間でも2時間でもそこに居て、その子をチラチラ眺めたり、点数を読み上げる声をうっとりしながら聞いていたものだった。
www5d.biglobe.ne.jp/~mangaya/kokubunji-9.htm

◆ あとはというと、じつは「点取り嬢」で検索しても、ほとんどヒットしない。ほぼ同じ意味のことばとしては「ゲーム取り」(こちらは女性にかぎらない)ということばもあるようで、これなら、そこそこの数がヒットする。「ゲーム取り」の方が一般的だったのだろう。

〔南川泰三の隠れ家日記〕 僕は玉撞き屋の息子として生まれ、玉の音を聞いて育った。その頃の玉突き屋はもうもうとした煙草の煙と、酒の匂いが充満していた。そんな中で僕たち姉弟は小学生の頃から審判をやらされた。審判と言えば格好がいいがなあに、ゲーム取りと言って玉が正しく当たるごとに「2テ~ン、4テ~ン・・」と数えるのだ。客は大抵、金を賭けていたから「当たった、当たってない」と騒ぎになり、襟首を捕まれて台の周りを引きづり回されたことがあった。
taizonikki.exblog.jp/1088174/

〔古代裂つれづれ草(松本芒風)〕 一台に一人づつ、二十歳まえの若い娘が、「ゲーム取り」とゆう役目をつとめた。頭の働きが良く、得点を美声で呼び上げる能力が必要だった。白玉が敵の白玉に当たると2点。赤玉に当たると3点で、ゲームに勝つときは3点でおわる規則だったから、ゲーム取りの娘の「8(5)点ゲン(げーむ)53,323,23とゆう声が、ゲーム台の、彼方此方で美しく響いた。ゲーム取りの娘は紅、白粉の化粧はしなかったが、年は16、番茶も出花で、結構美しい娘もいた。当然のごとく、それを餌食にしょうとする、町の狼共もいて町は、おそろしい処であった。
www.netlaputa.ne.jp/~yume539/kire/hauku426.htm

◇ 「しつかりおやんなさいよ」――ゲーム取りのおきみちやんが眼で怒鳴る。
 まづ、煙草を一ぷく。
 ――いつうつ…………なゝあつ…………とおお…………十三…………十六…………
 おれは時間を空費してゐる。

岸田國士 『玉突の賦』(青空文庫

◆ それぞれのはなしの年代を特定するのは、面倒だからやめておく。いずれにしても、「むかし」のはなし。そういえば、先日、京都で古いビリヤード屋を見かけた。ここにも、そのむかし、「点取り嬢」やら「ゲーム取り」がいたものだろうか。

関連記事:

このページの URL : 
Trackback URL : 

COMMENTS (2)

taco - 2011/05/28 20:38

今日、新潟と信州の山間の秘境「秋山郷」をドライブしたら、そこにお住まいの、昔点取り嬢をされていらっしゃった95歳の女性と知り合いました。ご自分の声がだみ声なのを気にされていらして、点取り嬢のことを話してくれました。その声出しで声が変わってしまったのだと。プロの歌手は一回つぶしてから創るのだと。自分の声はつぶれたままだけれど。

Saturnian - 2011/06/06 14:00

taco さん、はじめまして。

95歳(!)の元点取り嬢のおばあちゃんですか。
ワタシは「点取り嬢やらゲーム取り」に出会ったのは文字の世界だけなので、
taco さんがちょっと羨ましく思えます。
「だみ声」が彼女の人生の証なのですね。

POST A COMMENT




ログイン情報を記憶しますか?

(スタイル用のHTMLタグが使えます)